4月23日の新聞の経済コラムにスウェーデンの政治についての記事がありました。
記事によると産業というのは新陳代謝が起きる事を前提にして政策運営している旨の事が書いてありました。(新しい産業へ人が移動するための職業訓練支援制度が充実しているとの事)
日本も同じような事が出来ないのかな とふと考えました。日本の現状の仮説を考えました。
停滞したり、衰退してきている企業には時間がたっぷりあります。また、幾ばくかの過去の利益が残っていたりします。時間と幾ばくかの利益を陳情に充分に使う事が出来ます。伸びている企業や新しく起業した人達は時間がありません。競争に勝ち抜かないといけないからです。おのずと陳情なんかに時間を費やす事なんかは出来ません。その部分で差がついてしまいます。
陳情を聞く人はどうでしょう。何かを言ってもらえると”それは重大な問題だ!”と思い込んでしまうのではないでしょうか。(確かにルールが不備な部分の指摘や、不正行為の申告というものはZeroではないでしょう)陳情されたから動く(最悪なのは陳情と一緒にGiftを受け取る)だけでは陳情を聞く者の立場としては少し寂しいですね。問題の本質を見抜く力がないという事になってしまいます。
将来を完全に見通す事は不可能ですが、常に将来を意識して考える事は出来ると思います。
政治に携わる人は色んな人の意見を聞きながら未来を想像する事が仕事といえるのではないかと考えます。