2009年7月5日日曜日

私的なものと公的なもの

宋 文洲さんのメールマガジンに政治家の世襲についての投稿がありました。
宗さんは私的なもの(例えば株式を非公開にしている会社)は法律上で相続権が認められているが、相続権が認められていない議員職がフェアでない形で相続されれば、それは世襲である 旨の内容でした。
宗さんはやっぱり企業経営者であるなと感じた一文があります。『会社の主義主張よりも経営者の資質が企業の命運を左右する。国も同じで主義主張よりトップの資質が国の命運を左右する』というものです。
物の無い時代(第2次世界大戦の敗戦直後から数十年程度)はあまり物事を考えずに社会基盤の整備と生活関連商品を作っていれば良かったので企業、国ともにあまりトップの資質は問われなくて良かったと思います。
物の余っている時代は現在はどのようなサービスや商品に注力するのか、将来はどのようなサービスや商品に投資をするのか考えて(当然、トップを支えるブレインは必要。ブレインを選ぶのもまたトップ)決断していく。トップにはそのような能力が一番求められると思います。
”両親や親族がやっていたからポジションだから” で就いてはいけない(議員、首長や株式公開されている企業、公共団体etc.限られてくるとは思いますが)ポジションだと思います。トップを育てる力やトップの力を選別して連れて来る力がこれからの時代は重要なのでしょう。

メールマガジンの宗さんのコメントに先進国と呼ばれる国で政治のトップが北朝鮮のように世襲しているのは日本くらいとありました。誰もおかしいと思えなくなっている状況に少し寒いものを感じました。声の大きな人の意見に慣らされているんですね。声の大きな人の意見をマスメディアに疑って欲しいんだけどな。

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