2009年2月20日金曜日

家とは

宋 文洲さんのメールマガジン(2009年2月20日号)の番外に非常に感心させられるエッセイが書いてありました。
家はハードウェアではなくて、心の中にあるというものです。
人間はとかく形のあるものに目が行きがちです。でも両親への感謝、配偶者への感謝、子供達とのふれあい そういったものが"家"だと私も思います。奥さんへ感謝しなきゃ、娘と遊ばなきゃ。

---- 以下引用させてもらいます ----
                           家は心にある

「家」、「ホーム」。東洋も西洋も大変心響く言葉である。「家に帰ろう」の一言は弱った人々の心をどれほど救い、冷えた魂をどれほど暖めてくれるだろうか。

「家」は建物ではない。「家」は家具と内装ではない。「家」は戸籍の構成ではない。「家」は家族同士の愛であり、心の絆である。だから住むところは狭いところでもいい、借家でもいい、頻繁に変わってもいい。太陽が沈み闇が支配する頃、愛し合う家族が集まる。その場所は「家」となるのである。

「家」を実感するのは妻の「お帰りなさい」であり、夫の「ただいま」であり、子供の「今日は・・・」の報告である。いつもの人と一緒に風呂に入る、いつもの料理を口にする、いつもの人とキスする。「家」はその瞬間に心に入り込んでくる。「家」は心にある。

マイホームのためにローンの返済に励む。一軒家のために会社に必死にしがみづく。家から離れないために2時間もかけて通勤通学する。心が納得すればそれぞれの選択が正しいだろう。しかし、もしそれによって心が疲れきっているならば、心の「家」を探してほしい。

子供が大きくなると何を覚えるだろうか。「家」の広さではない。「家」の豪華さではない、「家」の所有者ではない。子供たちが覚えているのは「家」で何を食べ、何を教えてもらい、何を体験したかだろう。

「家」が作られるが、やがて消える。子供たちが自分の「家」を持ち、元の「家」にたまに戻る。愛する人が天国に行き、「家」にはとうとう最後の一人が残る。往時の絆と愛を思いながら天国での新しい「家」を夢見る。「家」は心にある。

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